教師ラスーカサス

信仰問答の理解のために、いや、そもそもキリスト教信仰の理解のために、次のことを認めておくことはとても大切だ。イェスーキリストによって私たちが神に属していること。
 
いのちを与えてくださるようお願いしたのではないでしょうか?そしてその時初めて、あなたは生きる喜びをかみしめたのです。その新しい人生は愛でおおわれているはずです。あなたは最初の一歩を踏み出しました。
 
ドミニコ会宣教師ラスーカサス、インディオを苛酷に扱う同胞の態度を厳しく非難し、ヨーロッパ人と同じ人間である彼らの尊厳を守るべきことを訴えている。やがて彼の訴えはローマに届き、教皇パウルス三世
 
30-35節:盗人の罪と姦淫の罪を対比して記しています。捉えられたら7倍を償い、財産をもって償うことが記されています。償うことができますが、女と姦通する者は思慮に欠けていて罪の結果、自分自身を滅ぼすのです
 
「私にはすべてのことが至福に益する」ということをこんなにも少ししか、見ることも認めることもできないということだ。ここで、私たちは確かにこころから反対したいし、抗議したい。